はじめまして!こーへーといいます!

このブログでは

「子供との時間を大切にしたい。
でも家計のことを考えると不安、、、」

そんなふうに感じている方に、
読んでいただけたら嬉しいです。

私は30代の会社員です。
不妊治療を経て第1子を授かり、1年間の育休を取得しました。
育休中に子育ての大変さ、ママという存在の重要さを肌で感じ、

「前の働き方をしたら家族との時間も取れないし、ママの負担がでかすぎる。。。」

と気づき、育休明けに働き方を大きく変えることができました。

残業だらけだった毎日から、家族優先で働ける環境へ。

そして今、第二子の誕生にあわせて2度目の育休を取得する予定です。
1度目の育休で学んだことを生かし、楽しかったことを思い出して、
今度はもっと戦略的に動きたいと思っています。
その過程をリアルタイムでこのブログに記録していきます。

このブログで発信していくこと:

  • 男性育休のリアルな体験談
  • 子育てをしながらの働き方の変え方
  • 2度目の育休で挑戦すること

これから出産するご夫婦の参考になれば嬉しいです。

自己紹介

改めてこーへーといいます!

妻と長男と今は3人暮らしです。
2026年6月には第2子出産予定です。
そのタイミングで2回目の1年間育休を取得予定です。

妻と子供と過ごす時間が大好きで、
なるべく残業はせずに帰宅し家族の時間を大事にしてます。

趣味が育児といっても大げさじゃないくらいこどもが好きです。

このブログでは、私の育休での体験や子育てのこと、

働き方などについてもリアルな体験談を書いていきます。

まずは私がブログを始めた理由、きっかけからお話していきます。

私のビフォーアフター

私の働き方は、育休をきっかけにこれだけ変わりました。

異動前異動後
月の残業時間平均50時間以上ほぼゼロ(月5時間以下)
休日出勤土日どちらか必ず出勤なし
帰宅時間繁忙期は日付をまたぐこともほぼ定時
家族との時間ほとんど取れない毎日お風呂

正直に言うと、残業がなくなった分、給料は減りました。
でも今は、その選択を後悔していません。

転職したわけでも、会社を辞めたわけでもありません。
同じ会社のまま、部署を変えただけです。

どうやってこの変化を手に入れたのか。
その話を、このブログで書いていきます。

残業地獄時代

当時の私は、残業が月50時間を超えることが当たり前の部署にいました。
土日もどちらか必ず出勤。妊娠が発覚する直前の時期は、
昼過ぎに出社して日付が変わる頃に帰宅する日が続いていました。

趣味の時間はほぼゼロ。
平日は朝のわずかな時間に妻と話すのが
唯一の会話でした。

妻も当時、越してきたばかりの土地で新しい職場の人間関係に悩んでいて、
毎日泣いていました。

あの頃は二人とも病んでましたね笑

夜遅くに私が帰宅すると、二人でコンビニのご飯を食べながら話すのが、
その頃の私たちの日常でした。
休日に一緒においしいご飯を食べに行くことだけが、唯一の息抜きでした。

そのころ、毎晩寝る前になるとお腹が痛くなるようになりました。
病院に行くと、過敏性腸症候群との診断。
薬を飲まないとおなかが痛くて眠れない日が続きました。

「もう限界かも」と初めて思ったのは、夜中に帰宅したある日のことです。
リビングに入ると、妻がソファでうたた寝していました。
待っていてくれたんだと思います。
その姿を見たとき、

「この生活、このままでいいのかな」

と、胸に刺さるものがありました。

不妊治療と子どもの誕生

そんな生活の中で、私たち夫婦は不妊治療を続けていました。期間にして約2〜3年。

原因は私にありました。精子の数が一般的な人の1000分の1しかなく、
自然妊娠は難しいと告げられました。
その事実を知ったとき、妻に泣きながら謝ったことを今でも覚えています。
妻は「子どもが生まれなくても、一緒に楽しく生きていこう」と言ってくれました。

その言葉があったから、2人で治療を続けられたと思っています。

不妊治療についてはまた別の記事で詳しく書こうと思いますが、
この経験が私たち夫婦の土台になっているのは間違いありません。

そして2022年、第一子が誕生しました。

育休を取ろうと決めたのは、子どもを授かったとわかったその瞬間でした。
「絶対に1年間休む」と、迷いなく思いました。

仕事がしんどかったから距離を置きたかったのも正直あります。
でも一番の理由は、生まれてくる子どもの0歳から1歳という、
二度と戻らない時間を、妻と一緒に過ごしたかったからです。

1回目の育休で、人生が変わった

生後3ヶ月ごろから夜泣きが始まり、泣くたびに抱っこして部屋を歩き回る日々が続きました。

次第に子どもがおっぱいを求めるようになると、授乳は妻にしかできません。自分にできることはなくなりましたが、それでも一人で起こしておくわけにはいかないと思って、一緒に起きて話し相手になっていました。

「自分からもおっぱいが出ればいいのに」と、何度思ったことか。世の中のママたちは一人でこれをこなしているのか、と思うと、本当にどうやっているんだろうと頭が下がる思いでした。

そして生後6ヶ月のある朝、目が覚めたら世界がぐるぐると回っていました。吐き気がして、そのまま嘔吐。病院で点滴を受けてようやく落ち着きました。

その日、妻と話し合いました。「夜の授乳は妻が担当、寝かしつけが必要なときは自分も起きる」というルールを決めました。

なんて自分は無力なんだとすら思いました。
妻が毎晩どれだけのことをこなしていたか、自分が倒れて初めて気づきました。

もちろん育休中に楽しかったことも、たくさんありました。

子どもを連れての散歩、一緒に作った料理、妻と3人でゆっくり過ごす何気ない時間。
季節の花々はよく三人で名所に行き写真を撮りました。
仕事をしていたころには味わえなかった、日常の豊かさがそこにありました。

子どもが初めて声を出して笑ったり。

自動で動くおもちゃにビビッて大泣きしたり。

離乳食でトマトを食べた時の酸っぱい顔見たり。

妻と子供の反応を見て笑いあったとき、
「この瞬間を見られてよかった」と心の底から思いました。


育休を通じて、子育てできるありがたさ、ママの存在の大きさ・大切さ
育児はチームで行うものだなと強く思いました。

転職を決意し、会社を辞めようとした話

育休明けに職場に戻ったとき、正直「もうここでは働けない」と思っていました。

転職サイトを眺め、プログラミングスクールを調べ、
国の補助金制度まで調査していました。
「辞めたら次はエンジニアとして再出発しよう」と、妻とも話し合っていました。

そして育休明けすぐ、上司に退職の意思を伝えました。

妻と何度も相談して、ようやく言えた一言でした。

それから1週間後、部長に呼び出されました。
「部署を移動してみないか」という提案でした。

正直、驚きました。

辞める前提で動いていたので、そういう選択肢があるとは思っていなかったのです。

提案してもらった部署は、残業がほぼなく望んでいたDX関連の部門でした。
転職ではなく、同じ会社のまま、働き方を変えられる可能性がある。
妻とも話し合い、異動を受け入れることにしました。

その判断が、今につながっています。

2度目の育休へ、そしてこのブログのこと

2026年6月、第二子の誕生にあわせて2度目の育休に入ります。

1度目の育休で学んだことがあります。
子育ては全力で臨んでも、想像をはるかに超えてくるということ。
それでも、その時間は間違いなく自分を変えてくれるということ。

だから2度目も、手を抜くつもりはありません。
家族との時間を全力で大切にしながら、
同時に自分自身も成長できる1年間にしたいと思っています。

そして今回は、その過程をこのブログに記録していきます。

このブログで発信していくこと:

  • 男性育休のリアルな体験談
  • 子育てをしながらの働き方の変え方
  • 家族優先の生き方を選んだ先にあるもの
  • 2度目の育休で挑戦すること

育休を取りたいけど踏み出せない方、

子育てと仕事の両立に不安を感じている方、

働き方を変えたいけどどうすればいいかわからない方。

同じように悩んでいるあなたの、少しでも参考になれば嬉しいです。

これからよろしくお願いします。

それではまた!